ONE STEP-ブログ

佐久島でひきこもり支援している変態のブログです

全てのひきこもりに告ぐ!!『君は間違ってなんかない!!!』

ひきこもるという行動をとった結果、【不登校】【ひきこもり】【二ート】と呼ばれるようになった人達が、現在世の中で肩身の狭い思いをしている。

しかし!!!

僕は思うのです、「ひきこもる」って才能ないとできないじゃんって。

今日はそれを身勝手で根拠のない理屈で説明したいと思います。笑

僕の妄想なので、違うぞって言われてもしりません(*´∀`*)

 

目次

夢を語らない若者たち

僕は前職が塾の講師でした。そこで小学校1年生(入学前の園児)〜中3までの子供たちと触れ合ってくる中で、良くこの質問をしました。

 

「将来の夢は?」

 

園児達に「将来の夢は?」と聞くと、元気よく「サッカー選手!!」とか「野球選手!!」、「ケーキ屋さん!」「お花屋さん!」といっぱい出てくる。この頃の子供たちは本当にキラキラして答えてくれる。いやぁー可愛いね。

この頃の子供たちの夢は、自分たちのカッコイイと思うモノやなりたいと思うものを素直に答えてくれてるみたい。

 

小学生低学年に「将来の夢は?」と聞くと、「学校の先生」とか「パイロット」とちょっと照れくさそうに答えてくれる。

この頃の子供たちの夢は、自分の憧れや、身近に居る人が夢のモデルになっているように思う。

高学年に「将来の夢は?」と聞くと、やっぱり「プロスポーツ選手」とか「医者」ってキラキラして答える人が多いが、なかには「銀行員」とか「公務員」ていうちょっと現実的な夢も上がってくる。当時はさすがにYoutuberはいませんでしたが 笑

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なんかこのへんから一気に現実味を帯び始めてくる気がするね。

 

ところが中学生に「将来の夢は?」と聞くと、今までになかった回答が出始める。

 

「夢はないです」

 

いいねいいね。

 

若者にとっての夢とは

どうやら彼らにとっての夢とは【職業】のようらしい。

僕のこの「将来の夢は?」と言う質問に、『50歳でリタイアしてパナマで悠々自適に暮らす』っていう生き方や『日本から自殺者を減らす』という成し遂げたい事を答えた生徒は居なかった。

つまり、現在の日本では【夢=将来つく職業】という構図になっているらしい。

夢がないっていうことはつまり、将来なりたい職業がないっていうことになる。

ふむふむ、なるほど。どうやら子供たちはとても鋭い

今の社会を見て将来もこの職業があるとは限らないという判断をし、【夢はない=就きたい職業がない】と感じているようだ。

 

ただ、一体いつから【夢=将来つく職業】になったのだろう。

 

 

狂った社会

夢という概念

思うに昔の日本では【夢=成し遂げたい事】だったのではないかと思う。

※今もそういう意味で【夢】って使う方も沢山おりますが、あくまで多数派が【夢=将来つく職業】になってるってことね。

なんでそう思うかって、江戸時代の若者は夢に命をかけ懸命に生きていて、死ぬ気でそれを成し遂げようとした結果明治維新が起こった訳だし、もっと遡ると戦国の世なんて、天下統一という夢の為に数多の武将が命を散らせていったわけだ。

じゃあ一体いつから【夢=将来つく職業】になったんかね。

 

それはおそらく戦後ではないかと僕は考えた訳です。カンだけど。笑

戦後焼け野原だった日本はなんとかして欧米列国の豊かな国に追いつかねばならなかったんじゃないかなと思って考えました。

ということは、めっちゃ働かないといけない。

ってなると、より効率よく働ける人が優遇されるわけ。

だから、日本の教育改革をおこなったGHQは大量の働き蜂を生み出す教育をしたわけです。これも根拠ないからね(・∀・)笑

 

そこで生まれたのがこの思想【夢=将来つく職業】だったのではないかと。

 

幼い頃から将来つく職業をイメージさせ、その能力を学生の間に効率よく身に付けさせることで、将来職についたときに即戦力となり国を発展させる。

その必要とされる能力というのが、言われたことをキチンとこなす能力。

だから、学校の評価の仕方は先生が指示したことがどれだけできたかがベースになってて、結果出してても指示したことやってないと怒られたり、言われたとおりのやり方以外でやっちゃうと、正解しててもダメだしくらうわけですね。

全部根拠のないカンだけど、なんかうまいことまとまった!!

異常な国日本

そんな教育を受けてきた日本人のおかげで見事高度経済成長を遂げました。あざす!

その頃は良かったんです、その教育で。何もかも上手くいってたから。

でも時代は流れているんです。もう物も情報も飽和しています。

イケイケどんどんで色々作ってた時代は終焉を迎え、誰も経験をしていない未曾有の時代に突入したわけです。

新たな技術が台頭し、既存の技術が塗り替えられるわけです。仕事なんてほとんど変わっちゃいます。

面白いデータがあります。

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49%の仕事が人口知能やロボットにとって変わられちゃうんだって。

そう考えるとやっぱり夢がないって答える若者は鋭いね。

 

夢がないことを悩む若者達

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なんか今の風潮として、夢を持ってる人がかっこよくて、夢を持つことが正解みたいな流れがすごく感じられるわけです。えぇ。

自分は夢がないからダメなんだって思ってる。

僕はそういう人にあったらこういう質問をします。

「幸せになりたい?不幸になりたい?」と。

すると皆答えます。

「幸せになりたい!」と。

【夢=将来つく職業】であるうちはこれは夢ではないけど。

【夢=成し遂げたいこと】であればこれ夢じゃね?って思うんです。

もっというと、夢は夢であって職業でもやりたいことでも目標でもなんでもいいと思うんです。

皆がそう思ってるから、そう思わなきゃっていうのは何か違うなと。

 

なんか僕たちの思想って自分で考えて生きてるようで、どっかの誰かに都合のいいように刷り込まれた思想をなぞって生きてる気がしてきて、ちょっと気持ち悪く感じるんです。ここ最近とくに。

 

 

「魅き隠る(ひきこもる)」という才能

僕のポリシーなんですけど絶対に「ひきこもり」ってひらがなで書くんです。

メディアでは良く引きこもりって表記されますが、なんかしっくりこない。

引くっていう文字がなんか気に食わない。笑

マイナスなイメージあるよね「引く」って。

これは僕の偏見だと思うけど。笑

 

「ひきこもる」ってすごいことだなって僕は思うのです。

 

ひきこもることが凄いと思う理由

《其の1.皆と同じ感覚ではなく、この時代に敏感に反応し違和感を感じていること》

これまで述べてきたような僕が今28歳になって感じている違和感を、彼・彼女らはとうの昔に感じていたわけです。純粋にすげーよ君ら。

 

《其の2.学校だったり会社だったり行くことが当然っていう概念を外して行かないという選択肢をとれたこと》

行くのが当然。行くことが正解。行かなきゃならないっていう考えで学校や会社に行っている人が一体どれだけいるのだろうか。勘違いして欲しくないのは、学校行ってる子や、会社で働いている人を違うっていっているわけではなく、そういう人が圧倒的大多数の中で、自分の違和感に身を委ね、行動に移せている事が凄いと思うっていう話ね。

 

《其の3.ひきこもれる環境にいること》

そもそもひきこもれる家庭ってなかなか裕福じゃないとダメなんですよね。ひきこもりたくても家が貧しくてひきこもっている場合じゃない人もいっぱいいます。裕福な家庭って一つの才能だと思うんです。足が速いとか歌が上手いと一緒で、家が裕福っていう要素。裕福ってお金持ちって意味ではなく、色々な状況に柔軟に対応できる大人がいて、それを出来る経済力がある状態ってことね。

 

《其の4.学校教育をうけていないこと、もしくは社会の常識に毒されてないこと》

なんてったってこれが一番大きな理由だと思いますね。

これからの時代を生き抜くためには、これまでの常識にとらわれてはいけないような気がします。もちろん常識(基礎)があってこそのクリエイトだと思いますが、何かを生み出すときに、根底にある考え方ってすごく影響すると思うんです。

そんな誰しもが根底にもっている常識を培う場【学校】や【社会】に入らずにひきこもっているっていうことは、そこにどっぷり入っている人よりも常識がないんです。

これってすごいことじゃねと思うわけです。

 

ひきこもりは魅き隠り

僕は人の才能を数値化すると、合計値は全員一緒なんじゃないかなと思うんですね。

ここでいう才能というのは努力により後天的に身に付けた技術ではなく、生まれながらにして持っているその人のポテンシャルです。

多分神様は生まれるときに、その人の持っている才能にポイントを振り分けるんです。

走ることに神様が多くのポイントを使った結果陸上の桐生 祥秀君が生まれ、考えることに多くのポイントを使った結果、将棋の藤井 聡太君が生まれたんだと思います。

 

もちろん才能だけで世の中は生きていけないので努力も必要です。

ものすごく努力家の方は、苦手な分野でも、その分野の才能をもっている人以上にパフォーマンスを発揮するっていうことがあります。

でも努力は掛け算だと思うんです。才能というポイントが多ければ多いほど、努力が少なくても結果が出せるし、努力を死ぬほどすれば、才能が少なくても結果が出せます。

 

なので才能がある人が死ぬほど努力をすればすごいことが起こるんですよね。

 

話を戻します。

ひきこもってる方々は良く、自分には何もできないって言います。

それは、一側面を見たときはほかの人と比べると才能がないのかもしれません。

でもその部分の才能にポイントを振り分けてないってことはほかの部分の才能にポイントが振られてるってことなんですよね。

学校っていう場、あるいは会社っていう場は一側面しか評価されません。

なのでその部分の才能にポイントふられてる人が有利なんです。

ひきこもるっていう選択肢をとった人たちは、まずそういう選択肢を取れるという才能がほかの人よりあったんですね。

だからもっともっとポイントが振られてる才能があるはずなんです。

 

だから

 

【魅き隠り】

 

なんじゃないかと。

隠るとは内深く入って外からは察知しにくい状態になるという意味です。

なので魅力がいっぱいあるけどそれが発揮出来る場がないから察知しにくいんですね。

よって【魅き隠り】。

そんな人たちの才能をちゃんと見つけて磨いて、皆で日本変えよーぜっていうことを僕はしたいんです。

 

 

だから

 

全てのひきこもりに告ぐ!!『君は間違ってなんかない!!!』