ニート・ひきこもり支援のONE STEP-ブログ

愛知県の三河地区を中心にひきこもり支援しているNPO法人ONESTEPのブログです

佐久島を中心とした西三河でニート・ひきこもり・不登校の子供の支援をしている笠間淳のプロフィールを書いてみた

僕の記事を読んでくださった方が、こいつ何者なんだって思われることが多いようなので、笠間淳の説明書をここに記しますw

僕が何でこの仕事をしているか、なぜこんな活動を続けているかがこれで理解していただけたら幸いです。

 

目次

 

バスケ漬けの学生時代

僕は小学校3年生の時、人生のバイブルである【スラムダンク】を読んで奮い立ちました。

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「俺は山王工業を倒す!!」

 

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しかし小学校は4年生からしか部活がありませんでした。わら

 

なので、一年間公園で1人黙々とボールハンドリングの練習をしながら入部できる日を今か今かと待ちわびていたのです。

 

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そんな強い想いで始めたバスケは練習の甲斐あってか中学校の僕らの代で県2位になりました!

 

高校進学の話が出た時も、県内の私立高校から特待(入学金や授業料が無料になる代わりにその高校でバスケ部を続けないといけないというシステム)で、来てくれないかっていう話がありました。チームのメンバーはそれぞれ強豪校へと進学していきましたが、僕は普通の県立高校に進学しました。それはなぜかっていうと、スラムダンクに憧れすぎてて、なんの変哲も無い公立の湘北高校が最強メンバーを揃えている私立最強の山王工業を 倒すっていうのがやりたかったからなんです。笑

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高校に入って死ぬほど練習しました。

僕らの代は身長高いメンバーがいなかったので、僕はシューターに転向し、朝から晩までシュートの練習する毎日。※背が低いチームはリバウンドとれないから、シュート成功率高めるのは必須なんです。

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 そして、勝負の日がやってきました。

 

---ここから試合描写が入ります。僕の高校時代一番印象に残った試合。興味ない方は下へスクロール!!笑---

 

高2の夏、地区予選3回戦で当たった私立大谷高校。

ここは、当時県の4強の一角でした。

相手チームのスタメンには、同じクラブチームで仲の良かったメンバーが沢山います。

 

方やこっちは毎年地区予選負けの弱小公立高校。

侮られてることを肌で感じながら試合は始まりました。

最初はギャラリーも保護者も大谷高校が勝つと思って誰も真剣に見てませんでした。

 

いざ試合が始まってみると、終盤までシーソーゲーム。

ラスト30秒で78:78同点です。

僕のチームの監督がタイムアウトをとり作戦をチームに伝えます。

 

「笠間、最後決めてこい。」

 

真剣な目でそう言われて、僕の集中力は最高潮に。

 

ラスト30秒、ボールは僕らのチームから再開です。

 

パスを回しながら、時間を使い、ボールは僕のところへ。

 

目の前にいるディフェンスを華麗に抜き去り、レイアップシュート。

 

 

決まった!!!!

 

 

と思った瞬間187cmの相手センターが僕の放ったボールをブロックショット

 

...

 

相手コートまで飛んでったボールは、相手チームのガードが拾いそのままシュート。

 

...

 

ラスト4秒で逆転されました。

 

78:80

 

ギャラリーも保護者もみんな立ち上がり、大谷の勝利を確信して喜んでます。

 

...

 

ただ、まだ試合は終わってません。

僕のチームは誰1人諦めておらず、シュートを決められたボールをガードがすぐにさばいて、中央にいた僕までパスを出します。

 

僕は何も考えず、ハーフラインからそのままシュート。とその瞬間ブザーが鳴りました。

 

...

 

観客や大谷高校ベンチが勝利を確信して抱き合っている中、ボールは宙を舞いそしてリングに吸い込まれていったのです。

 

 「シュパッ」

 

「カウント3ポイント!!」

 

...

 

審判が放ったその一言で会場に静寂が走ります。

 

次に瞬間僕のチームのベンチからチームメイト全員飛び出してきました。

 

81:80

 

試合はブザービーターで劇的勝利をおさめました。

もうスラムダンクかと思うくらいの展開に、僕はプロのバスケットボール選手になることを心に誓いました。

 

 

 

人生の転機の大学時代

大学をバスケットで選んだ僕は、当時東海の一部リーグに属していた国立岐阜大学に進学しました。

大学の一部リーグともなるともはや凄まじいレベル。

実際にその時の一部リーグにいた人達数名はプロのバスケットリーグであるbjリーグに入っていたりします。

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そんな環境でバスケ部に入った僕は早々に強烈な洗礼を浴びました。

練習に次ぐ練習。

まじでビビるくらいの練習量に何度も心が折れかけました。

しかし、バスケのために岐阜大学に入ったと言っても過言ではない僕はこんな簡単に負けるわけには行きません。

必死に食らいついて練習をこなして行きました。

 

そこで思いもよらぬ事態になったのです。

 

それは、膝の故障でした。

 

 

もともと僕は才能があるわけでもなく、泥臭く努力でみんなに追いついてきた人間だったので故障も人一倍ありました。

そんな僕の膝が限界を迎えたのです。

 

しっかり膝周りの筋肉をトレーニングしてやれば、普通にプレイできると言われたのですが、この時にふとバスケ以外やって来なかった自分を見返して、このままでいいのかと思い始めちゃったんです。

 

翌日僕はバスケ部をやめてました。

 

小学校からバスケ漬けの毎日。

このままバスケを続けて社会に出たら社会で生き抜いていく力が今の自分にあるのか。

そんな事を考えてたらバスケをやめるっていう選択肢が出てきて、その選択肢がほかのどの選択肢よりも輝いて見えちゃったんです。

 

 

しかしバスケを辞めた直後から、目標を失った僕は廃人になりました。

 

学校にもいかず友達にも会わず、バイトもサボり、部屋にこもって漫画を読む毎日。だんだん家からでれなくなり、ベットの上から降りれなくなりました。

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 まさに廃人。

 

7月の頭から夏休みの終わる9月までがっつり廃人になっていた僕は、友人の無理やりな誘いである後期の授業を一緒にとることになりました。

 

それは「キャリア設計」という授業でした。

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毎度のように僕は教室の最後尾を陣どって授業が始まる前から爆睡しておりました。笑

 

先生が教室に入ってきて、授業が始まります。

 

でもなんかいつものかったるい教授の話とはちょっと雰囲気が違います。

 

話を聞いていくと、どうやら話しているのは経営者の方みたいでした。

 

話し方がすごく聞き取りやすくまるで落語のような話し方をされていたので、僕は思わず顔をあげて話に聴き入ってしまいました。

 

 

そしてこんな質問をしたのです

 

ここに半分水の入ったコップがあります。

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あなたはこれを見て

 「水が半分も入ってる」

と思いますか?

それとも

「水が半分しか入ってない」

と思いますか?

 

 

この質問で一気に引き込まれて90分始めて授業をフルで寝ずに受け切りました。

 

 

授業の内容は【考え方や捉え方1つで人生は変わる】というものでした。

 

 

授業後僕は一目散にその先生のもとに行き名刺をもらいました。

 

「僕は将来ビッグになる事は決めてるんですが、どうやってなるかがわかりません!教えてください!!」

 

昨日まで廃人だった僕に舞い降りた一筋の光に、僕は藁をもすがる勢いで食いついていました。

 

その後面白がっていただき一緒にご飯に連れてってもらって、僕のこれまでの人生と将来ビッグになりたいっていう熱い想いを伝えたら2週間のかばん持ちをやらせていただくことになったのです。この瞬間僕の人生初の師匠ができました。

 

師匠は、大学生と地域の中小企業の経営者を長期インターンで繋いで、学生と企業を元気にしようって言う活動をされている方でした。

 

 僕は師匠に2週間金魚のフンのようについて行って、中小企業の経営者の方と打ち合わせされている姿を見ながら議事録を作るという事をやっておりました。

その打ち合わせ風景を見て僕は衝撃を受けました。

 

大の大人がまるで子供のようにあれやりたいこれやりたいって、やりたいことを目を輝かせて話してるんです。

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純粋にそれを見て僕はカッコいいなと思いました。

何才になってもやりたいことをやり続けれる大人になりたいなとこの時思ったのを覚えています。

 

 

2週間はあっという間に過ぎました。

 

「カバン持ちやって見てどうだった?」

 

そう聞かれた僕は思いの丈を話しました。

 

 「もっともっと修行したいです!岐阜で1番厳しいところへ1年間修行に行かせてください!!」

 

 

こうして僕は師匠に、当時の岐阜県内で受けれる企業の中で最も厳しいとされるベンチャー企業を紹介していただき、そこの経営者で第2の師匠である中島社長と面談を重ね、その企業でインターンという名の修行をしに行くことになりました。


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当時の僕は大学2年だったので、大学には行かないといけなかったのですが、そこはもうほとんどサボって修行へ行っておりました。

 

その会社は2008年の僕がいた時にはすでに電気自動車のメーカーとして登録されており、当時イーロンマスク率いるテスラ・モーターズの後を追う新進気鋭の若手ベンチャー企業でした。

 

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そこで僕が任された仕事は2つ。

 

1つは一般の社員と一緒に日々の業務をこなす事。

これは大学生の僕にとっては中々面白い体験がたくさんありました。テレアポ営業したり、飛び込み営業したりと、普通じゃできない経験を色々させていただいたのを覚えてます。

 

東京オートサロンのブースに来るキャンギャルのマネージャーっていう仕事もしましたが、あれはいい思い出です。笑

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2つ目の仕事は、全国から声がかかって飛び回っている社長の講演会の資料作りでした。

これが半端なくいい経験だったんです。

 

これまで全く触れても来なかった業界の知識を、いやでも身につけなければいけない状況になったので、死ぬほど本を読みました。

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3ヶ月で30冊くらい。

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もちろん仕事しながらですので、削れるのは睡眠時間。

 でも不思議と眠くなかったんですよね、その時は!

 産業革命とか、自動車の技術の変遷など業界の技術的な進歩だったり、経営学マーケティングなどの知識だったり、イノベーションっていう言葉もこの時学びました。

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そんな知識を身につけながらパワーポイントを作りまくって、社長の許可が降りるまで資料製作をしました。もちろん一般業務の傍で。

 

最初の資料は着手してからオッケーが出るまで4ヶ月かかったのを覚えてます。

 

あとはひたすら精度を上げて作りまくりました。

 

睡眠時間を極限まで削って何かを得ようと必死になった大学2年の10ヶ月で僕はとてもたくさんのものを学びました。そして最後に第2の師匠である中島社長から玉言を賜りました。

 

「いいか笠間、世の中には2種類の人種がいるんだ。1つは人から火を着けられないと燃えられない人間、もう1つはそういった人たちに火を灯し続けれる人間。笠間、お前は後者になるんだぞ。」

 

その言葉が今の僕の行動原理になっております。

 

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世の中の洗礼を受けた社会人時代

修行時代を経て在学中に古着屋を起業したりしたんですが、その話はまた時間のある時に!笑

 

その後大学をまじめに通い始めた僕は無事ストレートで卒業。

そして大手予備校に就職しました。

 

もともと教育に興味があり教育学部に入ったので、教員になることも視野に入れていたのですが、学んでいくにつれて学校教育に疑問しかもてませんでした。

 

だって学校の先生って夢を見る少年たちを【常識】とか【現実】って言葉で締め付けません?

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だから僕は私塾の世界を見て学校教育を外部から見てみようと思ったのです。

そして3年で辞める事を決意し、その大手予備校に入社しました。

 

まず入社して最初に受けた衝撃が、プロの技術力の高さでした。

予備校なので授業が商品なので、入社してから最初の数週間は研修に次ぐ研修。

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もともと僕はインターンを経験していた事や、生来の話好きの性質から、塾の先生なんて余裕だろとタカを括ってました。

 

ところが目の当たりにしたのは職人技とも言える話の技術。

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50分の授業を構成する構成力や、生徒から言葉を引き出す質問力、リズムや抑揚、声のトーンや表情など、微に入り細に渡り職人技が詰まっておりました。

 

そんな技術を駆使して生徒たちに語りかける内容は、

 

【少年よ大志を抱け!!!15の春に挑戦せよ!!!】

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と言った熱い熱いメッセージ。

 

授業を受けている生徒の中には涙を流す生徒も少なくありません。

 

ネットでは宗教とかって言われるくらい教師は狂気じみてます。でもそれだけ本気で子供達にぶつかってました。

 

僕も早くそんな教師の一員になりたいと思って必死になって技術の習得を試みましたが、そう簡単にはいきません。 

 

あまりの結果の出なささに鼻っ柱を根本からポッキリ持ってかれるほどでした。

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そんな時に僕を引っ張ってくれたのが第3の師匠である大澤先生でした。

 

その予備校の教師陣から先生と呼ばれる教師で、教師の授業に対して技術的な指導を入れたり研修をしてくれるような凄い先生だったのですが、その方のもとで学ばせていただけることになったのです。

 

本当にそんなところまでやってるのっていうくらい細かなところまで指導をしていただき、1年かからずに結果が出るようになりました。

もう授業での生徒の反応が面白いように違うんです。

面白すぎて授業後に生徒から拍手されることもありました!笑

 

そんな中で1人の不登校の女の子に会いました。その予備校には授業が面白いから、学校にはいけないけど通ってきている生徒が数人おりました。

 

彼女もその1人でした。

 

ある時に彼女は自分は変わりたいんだという思いを打ち明けてくれ、生まれ変わったかのように勉強を始めました。そして内心は中学1年から27もアップしてトップ高校へ合格して行ったのです。

 

そんな彼女を見て僕はある疑念がよぎりました。

 

不登校とかひきこもりって実は才能の塊じゃね?」

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この疑問はのちに確信に変わります。

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この時の体験から、不登校の生徒やひきこもってる若者達をみんなが気づくより前に唾つけて若い人材を確保しようプロジェクトが僕の中で発足しました!!!笑

 

それからひきこもり支援、不登校支援などなど、様々な支援団体の話を聞かせていただいて気づいた事がありました。

 

それは、支援してる側が当事者の人たちの限界を決めちゃってるってこと。

この子はこれ以上できないだろうなとか、この子のレベルはこの辺だからこれくらいの事をしてあげようとか、なんか言い方悪いかもしれませんが上から目線な支援が多かった気がしました。

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でも僕は関わる子達と触れ合いながら

 

「こいつら俺より才能あるんじゃね?」

 

って真剣に思ってます。

 

だって普通のアンテナじゃ学校に行かないとか家にひきこもるっていう選択をしてそれを実行に移せないと思うんですよね。

そういう選択を取れるだけの環境にいてそういう思考の幅があって、それを出来るだけの行動力もある。

 

もはや優秀でしかないと思うんです。

 

一念発起した最近

 

そんなこんなでひきこもりや不登校の人たちと関わろうと決めてから、その業界を見ていくと面白い事に気付きました。

 

それはみんなめちゃくちゃ真面目ってこと。

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真面目っていうのは、しっかりしてるというか常識者っていうか、まぁそんな感じです。

 

んで僕は思ったわけです。

1人くらいアホみたいに不真面目で面白い大人がこの業界にいてもいいんじゃないかと!笑

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やりたい事をやって人生楽しんでる大人がひきこもりや不登校の子ども達と触れ合ったらおもろそうだなと思うんですよね。

 

なので僕はやりたい事やって好き勝手生きております!

 

2015年にニート・ひきこもりや不登校の人たちの社会復帰のお手伝いをさせていただくためにONESTEP という団体を立ち上げて、愛知県の離島である佐久島を中心に自立支援を行なっています!

 

 昨年度はありがたい事に年間で40件を超える相談を受けました!

あ、相談は無料なのでどしどしお待ちしております!!

20年以上のひきこもりの方が働き始めたり、学校に行けなかったお子さんが楽しく通えるようになったりと色んな事例を日々目の当たりにしております!

 

先述した通り僕はやりたい事をやりたいので、離島でカフェもやるし、名古屋でバーもやるし、豊川で居酒屋もやります!

さらに楽しいイベントを企画してやるし、たまには真面目なセミナーを開いてひきこもりについて語ったりもします。

 

あ、ちゃんと真面目で賢い仲間がいますので、僕がこんなでも成り立っているわけですね。笑

 

持つべきものは仲間です。いやはやありがたい。。

 

そんなこんなで今の活動に至るわけです!

 

どうでしょう僕のことが少しはご理解いただけたでしょうか?

 

 

真剣な話、きっちりとしてプログラム通りに支援を行っていくような支援団体ではないので、そういうのを期待されている方には100%向いておりません!

そういう支援をされている他団体さんはたくさんありますので、そちらに問い合わせていただくのがいいかと思います!

 

この仕事は予定通りとか狙い通り行くことなんて99%ないと思っております。

予想を超えて、あるいは期待以上の結果が出てくる事が醍醐味でもあると思っているので、そういうのを踏まえて僕らの話を聞いていただけると嬉しいですね!

 

NPO法人若者自立支援支援塾ONESTEP については、以下に詳細を記しますのでそちらからご覧いただければと思います!

 

大変な長文となりましたが、お読みいただきありがとうございました😊

今後とも変わらぬ応援をお願いいたします!!

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NPO 法人若者自立支援塾ONESTEPは、愛知県の三河地区を中心に【ニート・ひきこもり・不登校】の方達の社会復帰の支援をしている団体です。
ONESTEP について詳しく知りたい方ははこちらをお読みください!
http://joyell-sakushima.hatenablog.com/entry/2017/06/01/221816
NPO法人若者自立支援塾ONESTEP のHPはこちら→http://onestepshien.com/
ONESTEP では3つの手法で支援を行います
①訪問型支援👶

実際にスタッフがご家庭まで訪問して、その状況に合わせた支援を行います。
②通所型支援🏃🏻‍♂️

ONESTEP の基地(愛知県西尾市岡崎市)に来ていただき、そこで状況に合わせた支援を行います。
③共同生活型支援🍙

愛知県西尾市にある離島佐久島で、親元を離れて我々ONESTEP の職員と共に共同生活をします。最短1泊2日から可能です。
上記の支援の詳細はHPにありますのでご覧ください。
HP→http://onestepshien.com/
ひきこもりは日本の宝者だという想いで活動をさせていただいています‼️
少しでも多くの方に想いを届けたいので、お読みいただき、良かったら応援してください😋